1988年から2003年にかけてフジテレビ系列で放送されていたバラエティ番組『あっぱれさんま大先生』。あっぱれ学園を舞台に、明石家さんまさんと子役たちが軽快にトークを繰り広げ、沢山の笑いを提供してきました。当時、夢中で見ていた人は出演していた子役の死亡が噂になり、ショックを受けているのではないでしょうか。そこで今回は、『あっぱれさんま大先生』の子役の死亡と、その原因をまとめました。
死亡していた子役の名前は…
Wikipediaなどの情報によると『あっぱれさんま大先生』の子役で死亡したのは鹿志村綾(かしむら りょう)さん。番組(第1期)が日曜日の昼間に放送されていた1992年4月に加入し、りょう君の愛称で親しまれていました。卒業という形で1994年4月に降板し、第1期の『あっぱれ卒業式』には参列していません。約2年間、番組内でどのような活躍をみせていたのでしょうか。
中性的な容姿に男の子たちが動揺
転校生として初登場した時の鹿志村さんは、小学5年生。瞳を輝かせながら、はきはき自己紹介する姿に、女子たちが「かっこいい」と騒ぎ色めき立っていました。しかし一部の男子たちは鹿志村さんの中性的な容姿に困惑し、「性別が分からない」と質問。さんまさんが慌てふためく中、鹿志村さんがはにかみながら「男です」と答え、その場を和ませました。
負けず嫌いな一面
鹿志村さんは基本的に控えめな優等生タイプでした。学級委員選挙で「クラスのために副学級委員長も必要」と提言するなど、他の子たちよりも大人びた印象でしたよね。
当時、内山信二さんを筆頭に、個性的な男子たちが存在感を発揮していたため、前に出ることが難しかい部分もあったのでしょう。とはいえ同年代に負けたくないという気持ちを秘めていたはずです。例年、秋に開催されていた運動会では、真剣な表情で徒競走に参加。俊足をいかして、2年連続1位でゴールしてみせました。
憧れとジレンマ
小学6年生になると、身長が伸びて、雰囲気も一変。精悍な顔立ちがイケメンの片りんを示していました。
1993年に放送された年末スペシャルでは、さんまさんと子役たちが香川県高松市の女木島へ。鹿志村さんは手を叩いたり、さんまさんのギャグに身体をはって反応したり、盛り上げ役に徹していました。その一方で、他の男子が天然キャラを炸裂させる姿に羨望の眼差しを向ける場面も。心のどこかで自分が笑いの中心になりたいと思っていたのかもしれません。
番組卒業の理由は?
番組が求めていたのはクイズで正解する頭のいい子役ではなく、突飛な言動を恐れない子ども。けれども、鹿志村さんは運動神経と知力を兼ね備え、どちらかといえば正統派の美少年でした。本人にやる気があったものの、いまいち子どもらしさを発揮できないまま、卒業を迎えました。
SNSを検索してみたところ鹿志村さんが芸能活動を続けていた様子は確認できませんでした。中学・高校時代は芸能界と距離を置き、一般人として暮らしていた可能性が高いです。
死因は転落
鹿志村さんは『あっぱれさんま大先生』の子役を卒業して約6年後に死亡。当時19歳という若さで、死因は大学構内の階段から転落したことでした。かなり高い場所から落ちたようで、頭が割れるほどの致命傷を負ったのだとか。この情報はネット掲示板へ書き込まれたことがきっかけで拡散されました。それにしても、なぜ転落したのでしょうか。
なぜ転落した?
鹿志村さんの情報は少なく、転落に至った経緯が不明です。万が一なにかしらのトラブルに巻き込まれ事件や事故に遭遇していれば、ネット記事に残っているはずなのですが。
一般的に19歳の青年が自ら階段を踏み外して転落するとは考えにくいです。それゆえ「ふざけている最中に誰かに突き飛ばされた?」「自殺なのでは」などの憶測がSNS上にアップされています。
また、早すぎる死を悲しむ声もあり、鹿志村さんの活躍を多くの人が覚えているようです。
まとめ
『あっぱれさんま大先生』に出演していた子役の多くが芸能界を引退しており、消息不明です。鹿志村さんだけでなく、永見林森さん(通称:ジャングル)も死亡していると噂されていますが、残念ながら詳細は分かりません。しかし、番組を長年にわたって追いかけてきたファンは、いつまでも当時の映像が色鮮やかに思い出されるでしょう。